中1社会|古代国家の歩みと東アジア世界③
ページタイトル
中1社会|古代国家の歩みと東アジア世界③
対象学年・教科書・ページ
- 対象:中学1年生・社会(歴史)
- 教科書:東京書籍『新編 新しい社会 歴史』
- 範囲:P52~57
- 単元:古代国家の歩みと東アジア世界③
この範囲では、平安京への遷都後の政治の変化、藤原氏による摂関政治、そして平安時代に発達した国風文化について学びます。
学習のポイント
- 桓武天皇が行った政治と平安京への遷都を理解する
- 10世紀ごろの政治や土地制度の変化を理解する
- 藤原氏がどのように政治の実権を握ったのかを整理する
- 国風文化の特色と、大陸文化との関係を理解する
目次
P52~53 平安京と律令国家の変化
奈良時代の後半になると、政治をめぐる争いが増え、律令国家のしくみにも変化が見られるようになりました。
桓武天皇と平安京
桓武天皇は、政治を立て直すために都を移しました。
まず長岡京へ移り、その後794年に平安京へ遷都しました。
794年 → 平安京 → 桓武天皇
この3つはセットで覚えましょう。
蝦夷との戦い
当時、朝廷は東北地方などへ支配を広げようとしていました。
桓武天皇は坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命し、東北地方への支配を進めました。
東北地方では、朝廷の支配に抵抗する蝦夷との戦いが続いていました。
律令国家の変化
奈良時代には、戸籍に基づいて人々に口分田を与えるなど、律令にもとづく政治が行われていました。
しかし、土地制度や税の負担などに変化が生じ、律令国家のしくみは次第に変化していきます。
地方では、土地を開発して勢力を広げる人々も現れ、後の荘園の発達にもつながっていきました。
新しい仏教の動き
平安時代の初めには、唐から仏教を学んで帰国した最澄と空海が、それぞれ新しい仏教を広めました。
| 人物 | 宗派 | 関連する場所 |
|---|---|---|
| 最澄 | 天台宗 | 比叡山・延暦寺 |
| 空海 | 真言宗 | 高野山・金剛峯寺 |
東アジアの変化
9世紀になると、中国では唐の勢力が弱まり、日本との関係にも変化が見られるようになりました。
894年、菅原道真の建議によって遣唐使の派遣が停止されました。
こうした東アジアの変化は、日本の政治や文化にも影響を与えていきます。
P54~55 摂関政治の時代
10世紀ごろになると、政治のしくみはさらに変化します。その中で勢力を伸ばしたのが藤原氏です。
藤原氏と摂関政治
藤原氏は、天皇との結びつきを強め、摂政や関白の地位について政治の実権を握るようになりました。
このような政治を摂関政治といいます。
| 役職 | 意味 |
|---|---|
| 摂政 | 幼い天皇に代わって政治を行う |
| 関白 | 成人した天皇を補佐して政治を行う |
藤原道長
藤原道長は、娘を天皇のきさきにするなどして、藤原氏の勢力を大きくしました。
道長の政治的な力が強まることで、藤原氏による摂関政治が発展しました。
藤原頼通
道長の子である藤原頼通も摂関政治を行いました。
頼通が京都の宇治に建てた平等院鳳凰堂は、平安時代の文化を代表する建築物です。
地方政治の変化
10世紀ごろには、地方政治のしくみにも変化が見られました。
地方では、国司が現地で政治を行うようになり、土地の開発などを通して有力な農民や豪族が力をつけていきました。
こうした地方の変化は、後の武士の成長にもつながっていきます。
律令政治の変化
↓
地方の有力者が成長
↓
土地をめぐる関係が変化
↓
後の武士の成長へ
P56~57 国風文化
平安時代には、大陸から取り入れた文化をもとにしながら、日本の風土や生活に合った文化が発達しました。
この文化を国風文化といいます。
かな文字の発達
漢字をもとにして、ひらがなやカタカナが発達しました。
かな文字が広く使われるようになると、日本語による文学作品も多く生み出されました。
文学
| 人物 | 作品 |
|---|---|
| 紫式部 | 『源氏物語』 |
| 清少納言 | 『枕草子』 |
このほかにも、平安時代には和歌など、日本の生活や感情を表現する文学が発達しました。
国風文化の建築
貴族の住宅として寝殿造が発達しました。
また、浄土信仰の広まりとともに、阿弥陀如来をまつる阿弥陀堂もつくられました。
その代表例が平等院鳳凰堂です。
国風文化と大陸文化
「国風文化=外国の影響を受けていない文化」と考えてはいけません。
それまで日本が大陸から取り入れてきた文化をもとにしながら、日本の風土や生活に合うように変化していったことがポイントです。
大陸文化を受け入れる
↓
日本の風土や生活に合わせて変化する
↓
国風文化が発達する
重要語句
| 語句 | 意味・ポイント |
|---|---|
| 桓武天皇 | 794年に平安京へ都を移した天皇 |
| 平安京 | 794年に移された都 |
| 坂上田村麻呂 | 征夷大将軍として東北地方への支配を進めた人物 |
| 蝦夷 | 朝廷の支配に抵抗した東北地方などの人々 |
| 最澄 | 天台宗を広めた人物 |
| 空海 | 真言宗を広めた人物 |
| 天台宗 | 最澄が広めた仏教 |
| 真言宗 | 空海が広めた仏教 |
| 菅原道真 | 遣唐使の停止を建議した人物 |
| 遣唐使 | 唐へ派遣された使節 |
| 藤原氏 | 摂政・関白として政治の実権を握った貴族 |
| 摂政 | 幼い天皇に代わって政治を行う役職 |
| 関白 | 成人した天皇を補佐する役職 |
| 摂関政治 | 藤原氏が摂政・関白として実権を握った政治 |
| 藤原道長 | 藤原氏の勢力を大きくした人物 |
| 藤原頼通 | 道長の子。平等院鳳凰堂を建てた |
| 国風文化 | 日本の風土や生活に合うように発達した文化 |
| かな文字 | 漢字をもとに発達した日本独自の文字 |
| 紫式部 | 『源氏物語』の作者 |
| 清少納言 | 『枕草子』の作者 |
一問一答10問
- 794年に桓武天皇が移した都を何という?
- 東北地方への支配を進めるため、桓武天皇から征夷大将軍に任命された人物は誰?
- 天台宗を広めた人物は誰?
- 真言宗を広めた人物は誰?
- 894年に停止されたものは何?
- 藤原氏が摂政や関白として政治の実権を握った政治を何という?
- 幼い天皇に代わって政治を行う役職を何という?
- 平安時代に発達した、日本の風土や生活に合った文化を何という?
- 『源氏物語』を書いた人物は誰?
- 『枕草子』を書いた人物は誰?
答え・短い解説
- 平安京 ― 桓武天皇が794年に都を移しました。
- 坂上田村麻呂 ― 征夷大将軍として東北地方への支配を進めました。
- 最澄 ― 天台宗を広めました。
- 空海 ― 真言宗を広めました。
- 遣唐使 ― 894年、菅原道真の建議によって停止されました。
- 摂関政治 ― 藤原氏が摂政・関白として政治の実権を握りました。
- 摂政 ― 幼い天皇に代わって政治を行う役職です。
- 国風文化 ― 日本の風土や生活に合った文化が発達しました。
- 紫式部 ― 『源氏物語』の作者です。
- 清少納言 ― 『枕草子』の作者です。
よくある間違い
① 最澄と空海を逆にする
最澄 → 天台宗
空海 → 真言宗
② 摂政と関白を混同する
摂政 → 幼い天皇を補佐
関白 → 成人した天皇を補佐
③ 藤原道長と藤原頼通を混同する
藤原道長 → 藤原氏の勢力を大きくした
藤原頼通 → 平等院鳳凰堂
④ 国風文化を「大陸文化の影響を受けていない文化」と考える
国風文化は、大陸から取り入れた文化をもとにしながら、日本の風土や生活に合う形へ変化していった文化です。
⑤ 894年と794年を混同する
794年 → 平安京
894年 → 遣唐使の停止
数字の順番だけでなく、「794=都」「894=遣唐使」と意味までセットで覚えましょう。
まとめ
① 平安京と律令国家の変化
桓武天皇が794年に平安京へ都を移し、政治の立て直しを進めた。
② 新しい仏教
最澄の天台宗、空海の真言宗が広まった。
③ 摂関政治
藤原氏が摂政・関白として政治の実権を握った。
④ 国風文化
かな文字や文学など、日本の風土や生活に合った文化が発達した。
この範囲では、人物名・年号だけをばらばらに覚えるのではなく、
平安京
↓
律令国家の変化
↓
藤原氏の摂関政治
↓
国風文化
という時代の流れを意識して覚えると整理しやすくなります。
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※本記事は東京書籍『新編 新しい社会 歴史』のP52~57の学習内容を参考に、定期テスト対策向けに整理したものです。









