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2026-09-16 17:04:00

中1社会|古代国家の歩みと東アジア世界②

ページタイトル

中1社会|古代国家の歩みと東アジア世界②

対象学年・教科書・ページ

  • 対象:中学1年生・社会(歴史)
  • 教科書:東京書籍『新しい社会 歴史』
  • 範囲:P46~51
  • 単元:古代国家の歩みと東アジア世界②

このページでは、奈良時代から平安時代へ移り変わる中で、都や政治のしくみ、仏教、東アジアとの関係、そして日本独自の文化がどのように変化したのかを整理します。

学習のポイント

  • なぜ都が平安京へ移されたのかを理解する
  • 摂関政治がどのような政治だったのかを理解する
  • 平安時代に広がった仏教や国風文化の特色を整理する
  • 東アジアの変化と日本の政治・文化の変化を関連づける

目次

P46~47 平安京と新しい政治

奈良時代の後半になると、都では仏教勢力や貴族の力が強くなり、政治にも影響を与えるようになりました。

そこで、桓武天皇は政治を立て直すため、都を移します。

平安京への遷都

桓武天皇は、まず長岡京に都を移し、その後794年に平安京へ都を移しました。

平安京は、現在の京都市付近にあたります。この平安京を中心とする時代が、平安時代です。

テスト対策
「794年」「平安京」「桓武天皇」はセットで覚えましょう。

桓武天皇の政治

桓武天皇は、地方の政治を整えたり、律令政治を立て直したりするなど、政治の改革を進めました。

また、東北地方では朝廷の支配に抵抗する蝦夷との戦いも続いていました。

桓武天皇は坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命し、東北地方への支配を進めました。

P48~49 摂関政治

平安時代になると、天皇を中心とした政治の中で、特定の貴族が大きな力を持つようになりました。

藤原氏の台頭

特に勢力を強めたのが藤原氏です。

藤原氏は、娘を天皇のきさきにして、その子を天皇にすることで、天皇との結びつきを強めました。

摂関政治とは?

幼い天皇に代わって政治を行う摂政や、成人した天皇を補佐する関白の地位に藤原氏がつき、政治の実権を握りました。

このような政治を摂関政治といいます。

覚え方
摂政=幼い天皇を助ける
関白=成人した天皇を助ける

→ 藤原氏が摂政・関白として政治の実権を握った。

藤原道長と藤原頼通

藤原道長は、娘を天皇のきさきにするなどして藤原氏の勢力を大きくしました。

その子の藤原頼通も摂関政治を行い、平安時代の貴族政治を支えました。

藤原頼通が京都の宇治に建てた平等院鳳凰堂は、当時の貴族文化を代表する建物の一つです。

P49~51 新しい仏教と浄土信仰

平安時代には、これまでの仏教に加えて、新しい考え方の仏教が広がっていきました。

最澄と天台宗

最澄は、唐から帰国した後、比叡山に延暦寺を建て、天台宗を広めました。

空海と真言宗

空海は、唐で仏教を学び、帰国後に真言宗を広めました。

高野山の金剛峯寺などが真言宗と関係の深い場所として知られています。

浄土信仰

平安時代の中ごろからは、阿弥陀如来を信じ、死後に極楽浄土へ生まれ変わることを願う浄土信仰が広まりました。

社会に不安を感じる人々の間にも、このような信仰が広がっていきました。

重要人物の整理
最澄 → 天台宗 → 比叡山・延暦寺
空海 → 真言宗 → 高野山
浄土信仰 → 阿弥陀如来・極楽浄土

P47~51 東アジアの動きと国風文化

平安時代には、東アジアの情勢も変化しました。

遣唐使の停止

唐の国力が衰えると、日本と唐との関係にも変化が見られるようになります。

894年、菅原道真の建議によって遣唐使の派遣が停止されました。

これによって、日本ではそれまで中国から取り入れていた文化をもとにしながら、日本の風土や生活に合った文化が発展していきます。

国風文化

平安時代に発達した、日本の風土や生活に合った文化を国風文化といいます。

特に貴族の生活を中心に、文学や建築、服装などの分野で特色が見られました。

かな文字

漢字をもとにして、ひらがなカタカナが発達しました。

かな文字の発達によって、日本語を表現する文学が盛んになります。

平安時代の文学

人物 作品 ポイント
紫式部 源氏物語 貴族社会を描いた文学作品
清少納言 枕草子 宮廷生活などを描いた随筆

国風文化の代表例

  • かな文字の発達
  • 『源氏物語』
  • 『枕草子』
  • 寝殿造
  • 浄土信仰と関係する阿弥陀堂

平等院鳳凰堂は、藤原頼通によって建てられた阿弥陀堂で、国風文化を代表する建築物の一つです。

重要語句

語句 意味・ポイント
桓武天皇794年に平安京へ都を移した天皇
平安京794年に移された都。現在の京都市付近
坂上田村麻呂征夷大将軍として東北地方への支配を進めた人物
藤原氏摂政・関白として政治の実権を握った貴族
摂政幼い天皇に代わって政治を行う役職
関白成人した天皇を補佐して政治を行う役職
摂関政治藤原氏が摂政・関白として実権を握った政治
藤原道長藤原氏の勢力を大きくした人物
藤原頼通道長の子。平等院鳳凰堂を建てた
最澄天台宗を広めた人物
天台宗最澄が広めた仏教
空海真言宗を広めた人物
真言宗空海が広めた仏教
浄土信仰阿弥陀如来を信じ、極楽浄土を願う信仰
遣唐使唐へ派遣された使節
菅原道真894年の遣唐使停止を建議した人物
国風文化平安時代に発達した日本の風土に合った文化
紫式部『源氏物語』の作者
清少納言『枕草子』の作者
平等院鳳凰堂藤原頼通が建てた阿弥陀堂

一問一答10問

  1. 794年に桓武天皇が移した都を何という?
  2. 平安京へ都を移した天皇は誰?
  3. 藤原氏が摂政や関白として政治の実権を握った政治を何という?
  4. 幼い天皇に代わって政治を行う役職を何という?
  5. 成人した天皇を補佐する役職を何という?
  6. 天台宗を広めた人物は誰?
  7. 真言宗を広めた人物は誰?
  8. 894年に停止されたものは何?
  9. 平安時代に発達した日本の風土に合った文化を何という?
  10. 『源氏物語』の作者は誰?

答え・短い解説

  1. 平安京 ― 794年に桓武天皇が都を移しました。
  2. 桓武天皇 ― 奈良時代の政治を立て直し、平安京へ遷都しました。
  3. 摂関政治 ― 藤原氏が摂政・関白として政治の実権を握りました。
  4. 摂政 ― 幼い天皇に代わって政治を行う役職です。
  5. 関白 ― 成人した天皇を補佐する役職です。
  6. 最澄 ― 天台宗を広めました。
  7. 空海 ― 真言宗を広めました。
  8. 遣唐使 ― 894年、菅原道真の建議によって停止されました。
  9. 国風文化 ― 日本の風土や生活に合った文化が発達しました。
  10. 紫式部 ― 『源氏物語』を書いた人物です。

よくある間違い

①「平安京」と「平城京」を混同する

平城京=奈良時代
平安京=平安時代

② 最澄と空海を逆にする

最澄 → 天台宗
空海 → 真言宗

③ 摂政と関白を混同する

摂政=幼い天皇
関白=成人した天皇

④ 遣唐使の停止=中国との交流が完全になくなった、と考える

遣唐使の停止後も、中国や朝鮮半島などとの交流がなくなったわけではありません。日本では、それまで取り入れてきた文化をもとに、日本独自の文化が発達していきました。

⑤ 国風文化を「中国文化を全く取り入れない文化」と考える

国風文化は、それまでに大陸から取り入れた文化をもとにしながら、日本の風土や生活に合う形で発達した文化として理解しましょう。

まとめ

① 平安京
桓武天皇が794年に平安京へ都を移した。

② 摂関政治
藤原氏が摂政・関白として政治の実権を握った。

③ 仏教
最澄の天台宗、空海の真言宗などが広がり、浄土信仰も広まった。

④ 東アジアと国風文化
遣唐使の停止などを背景に、日本の風土に合った国風文化が発達した。

この範囲は、単に人物名や年号を暗記するだけでなく、「奈良時代から平安時代へ、政治・宗教・文化がどのように変化したのか」を流れで覚えることが大切です。

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※本記事は東京書籍『新しい社会 歴史』の学習範囲を参考に、定期テスト対策向けに内容を整理したものです。