中1社会|日本列島の誕生と大陸との交流
中1社会|日本列島の誕生と大陸との交流
教科:社会・歴史
教科書:東京書籍「新編 新しい社会 歴史」
学習範囲:P34〜39「日本列島の誕生と大陸との交流」
学習のポイント
- 旧石器時代・縄文時代の人々の暮らしを理解する
- 稲作の広まりによって、社会や人々の生活がどのように変化したかを理解する
- 邪馬台国や大和政権と、大陸・朝鮮半島との交流を整理する
- 「農耕の広まり → 国々の成立 → 大和政権」という流れをつかむ
目次
P34〜35|旧石器時代と縄文時代の暮らし
旧石器時代の人々
日本列島には、現在の私たちとは異なる環境の中で暮らしていた人々がいました。 旧石器時代の人々は、主に狩猟や採集を行い、石を打ち欠いてつくった打製石器などを使って生活していました。
当時は、現在よりも寒冷な時期があり、大型の動物を追って移動する生活も行われていました。 日本列島で旧石器時代の人々が暮らしていたことは、遺跡や石器などの発見から分かっています。
縄文時代の暮らし
やがて気候が温暖になると、自然環境も変化しました。 人々は、木の実や魚、貝、動物など、身近な自然から食料を得る狩猟・採集・漁を中心に生活しました。
この時代に使われた代表的な道具が縄文土器です。 縄文土器は、食べ物を煮たり、保存したりするためなどに使われました。
また、地面を掘り下げて床をつくった竪穴住居も見られました。 人々は集落をつくり、自然環境に合わせた暮らしをしていました。
「縄文時代=狩猟・採集・漁」「縄文土器」「竪穴住居」をセットで覚えましょう。
P36〜37|弥生時代の暮らしと邪馬台国
稲作が広まる
弥生時代になると、日本列島では米づくり(稲作)が広まっていきました。 稲作は大陸や朝鮮半島との交流と深く関係しています。
米をつくるためには、水田をつくったり、水を管理したりする必要があります。 そのため、農耕が広がることで、人々の生活だけでなく、社会のしくみにも変化が生まれました。
米づくりによる社会の変化
米を安定して収穫するためには、多くの人々が協力して作業する必要があります。 また、収穫した米を蓄えることで、食料をめぐる争いなども起こるようになりました。
こうした変化の中で、地域ごとにむらができ、さらに複数のむらをまとめるくにが生まれていきました。
邪馬台国と卑弥呼
中国の歴史書である『魏志』倭人伝には、当時の日本についての記録があります。 そこには、倭には多くの国があり、その中に邪馬台国という国があったことが記されています。
邪馬台国の女王として知られているのが卑弥呼です。 卑弥呼は、魏に使いを送り、魏から「親魏倭王」の称号などを受けたとされています。
「稲作の広まり → むら → くに → 邪馬台国」という流れを意識しましょう。
また、「邪馬台国の女王=卑弥呼」「記録=『魏志』倭人伝」も重要です。
P38〜39|大王の時代
大和政権の勢力拡大
弥生時代に各地に生まれた国々の中から、やがて大和地方を中心に勢力を広げる政権が現れました。 これを大和政権といいます。
大和政権は、各地の豪族との関係をつくりながら勢力を広げていきました。 その勢力が広がっていったことを考えるうえで重要なのが、各地に残された古墳です。
古墳から分かること
大きな古墳は、当時の有力者が大きな力を持っていたことを示す資料の一つです。 特に前方後円墳は各地に広がっており、大和政権と各地の豪族との関係を考える手がかりになります。
朝鮮半島との交流
大和政権の勢力が広がっていく時期には、朝鮮半島との交流も活発になりました。 朝鮮半島からは、鉄器やさまざまな技術、文化などが伝わりました。
また、朝鮮半島から日本列島に移り住んだ人々によって、新しい技術や文化が伝えられました。 こうした東アジアとの交流は、日本列島の社会の変化にも大きな影響を与えました。
P38〜39では、「大和政権」「古墳」「前方後円墳」「朝鮮半島との交流」を関連づけて覚えましょう。
この単元の流れを整理しよう
| 時代・段階 | 主な特徴 |
|---|---|
| 旧石器時代 | 狩猟・採集、打製石器 |
| 縄文時代 | 狩猟・採集・漁、縄文土器、竪穴住居 |
| 弥生時代 | 稲作の広まり、むら・くにの成立 |
| 邪馬台国 | 卑弥呼、『魏志』倭人伝 |
| 大和政権 | 大和地方を中心に勢力を拡大、古墳が広がる |
重要語句
| 語句 | 意味・ポイント |
|---|---|
| 旧石器時代 | 打製石器などを使い、狩猟・採集を中心に生活した時代 |
| 打製石器 | 石を打ち欠いてつくった石器 |
| 縄文時代 | 狩猟・採集・漁を中心とした生活が行われた時代 |
| 縄文土器 | 縄文時代に使われた土器 |
| 竪穴住居 | 地面を掘り下げて床をつくった住居 |
| 弥生時代 | 稲作が広まり、社会の変化が進んだ時代 |
| 稲作 | 米を栽培する農業 |
| 邪馬台国 | 『魏志』倭人伝に登場する国 |
| 卑弥呼 | 邪馬台国の女王 |
| 『魏志』倭人伝 | 中国の歴史書『三国志』の一部で、倭について記した記録 |
| 大和政権 | 大和地方を中心に勢力を広げた政権 |
| 古墳 | 有力者の墓としてつくられた大きな墓 |
| 前方後円墳 | 前方部が四角形、後円部が円形の古墳 |
| 大王 | 大和政権の王に対して使われた呼び名 |
| 朝鮮半島 | 古代の日本列島と交流が行われた地域 |
| 渡来人 | 朝鮮半島などから日本列島に移り住んだ人々 |
一問一答10問
- 旧石器時代の人々は、主にどのような生活をしていましたか?
- 旧石器時代に使われた、石を打ち欠いてつくった石器を何といいますか?
- 縄文時代に使われた代表的な土器を何といいますか?
- 弥生時代に広まった農業を何といいますか?
- 稲作が広まると、人々が集まって生活する「むら」や何が生まれていきましたか?
- 邪馬台国の女王は誰ですか?
- 卑弥呼について記した中国の歴史書は何ですか?
- 大和地方を中心に勢力を広げた政権を何といいますか?
- 有力者の墓としてつくられた大きな墓を何といいますか?
- 古代の日本列島と交流が行われ、鉄器や技術などが伝えられた地域を何といいますか?
答え・短い解説
- 狩猟・採集。自然から食料を得る生活をしていました。
- 打製石器。石を打ち欠いてつくられました。
- 縄文土器。食べ物を煮たり保存したりするためなどに使われました。
- 稲作。米を栽培する農業です。
- くに。稲作の広まりなどによって社会のまとまりが大きくなりました。
- 卑弥呼。邪馬台国の女王です。
- 『魏志』倭人伝。邪馬台国や卑弥呼についての記録があります。
- 大和政権。大和地方を中心に勢力を広げました。
- 古墳。有力者の墓としてつくられました。
- 朝鮮半島。日本列島との交流を通じて、鉄器や技術などが伝わりました。
よくある間違い
① 旧石器時代と縄文時代を混同する
「打製石器=旧石器時代」「縄文土器=縄文時代」と、代表的な道具をセットで覚えましょう。
② 縄文時代から稲作が盛んだったと思ってしまう
この単元では、縄文時代の狩猟・採集・漁と、弥生時代の稲作を区別することが大切です。
③ 卑弥呼と邪馬台国を逆にする
「邪馬台国=国」「卑弥呼=その女王」と整理しましょう。
④ 大和政権と邪馬台国を同じものだと考える
邪馬台国と大和政権は別々に整理しましょう。 この単元では、弥生時代の国々から、やがて大和政権が勢力を広げていく流れを理解することが重要です。
まとめ
旧石器時代
狩猟・採集を中心とした生活 → 打製石器
縄文時代
狩猟・採集・漁 → 縄文土器・竪穴住居
弥生時代
稲作が広まる → むら・くにが成立 → 社会の変化
邪馬台国
女王は卑弥呼 → 『魏志』倭人伝に記録
大和政権
大和地方を中心に勢力を拡大 → 古墳が各地に広がる → 朝鮮半島などとの交流
この単元で特に覚えたい「つながり」
自然環境の変化
↓
縄文時代の暮らし
↓
稲作の広まり
↓
むら・くにの成立
↓
邪馬台国・卑弥呼
↓
大和政権の勢力拡大
↓
古墳・東アジアとの交流
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「日本列島の誕生と大陸との交流」では、旧石器時代・縄文時代・弥生時代・邪馬台国・大和政権という歴史の流れを整理することが大切です。
重要語句の確認や一問一答に取り組みながら、歴史の流れをしっかり身につけていきましょう。
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